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0005 人工呼吸は不要!という安易な言葉が救命率を下げる

「人工呼吸は省略しても大丈夫!」という言葉を聞くようになってから久しく経ちます。

アメリカ心臓協会AHAは、人工呼吸を省略した心肺蘇生として「ハンズオンリーCPR」を2008年から市民向けに提唱し、日本版救急蘇生ガイドラインにも人工呼吸を省略してもよいケースが記載されるようになりました。 新聞等の報道においても「人工呼吸は省略しても救命率に差がない」という旨がクローズアップされ、救命講習修了者の多くがその認識を持っています。 でも、省略しても救命率に差がないのならば、心肺蘇生のアルゴリズムから人工呼吸を削除してしまってもよいのでは?

なぜ今も人工呼吸が削除されないのか。それは「人工呼吸を省略したら助けられない場合があるから」に他なりません。




心停止のメカニズムを考える


成人の"突然の"心停止は、心臓が細かく震える「心室細動」によって起きることが多いといわれており、この救命のためには電気ショックが必要…ということで、平成16年から一般の場所へのAED設置・市民によるAED使用の普及が始まりました。 1.心室細動など、心臓自体の異常によって、血液ポンプの機能が突然損なわれる   ↓↓↓ 2.血中に酸素は残っているものの、ポンプ機能が損なわれるので、血流が無くなる

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3.血流による酸素供給が成されないので、脳が機能できなくなる

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4.脳からの指令が得られないので、呼吸が停止する これが、心臓が原因の心停止(心原性心停止)のメカニズムです。

血液内にまだ酸素が残っているため、現場に居合わせた人が迅速に胸骨圧迫を行えば、数分間は脳や心臓に酸素を送ることができるため、救命率の著しい低下はないと言われていますが、心臓の異常な動きを取り除くためにはAEDによる電気ショックが不可欠です。 これに対し、呼吸が原因の心停止(呼吸原性心停止)は次のようなメカニズムです。

子どもの心停止の大半は呼吸原性心停止といわれています。

1.食べ物が喉に詰まっての窒息や、溺水、病気によって気道が著しく狭まって息がうまくできないなど、体の中に酸素が供給されなくなる

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2.心臓はまだ動いているので血流はあるが、血液内の酸素は無くなっていく

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3.血流で酸素供給を受け続けなければ稼働できない心臓の動きが次第に悪くなり、やがて心停止に至るとともに、酸欠で脳も機能停止し、呼吸機能も停止する



この場合、心停止時点では血液中に酸素が残っていないため、いくら胸骨圧迫を行ったところで、酸素がない血液を流すだけ。酸素を欲する脳を守ることはできませんし、酸素供給ができないため心臓を稼働させることもできません。

「酸素供給が断たれると数分でダメージを受け、元には戻らない脳」を守るべく心肺蘇生を行うという説明が救命講習ではよく行われますが、人が生きるためにはやはり心臓のはたらきが必要。機能を失った心臓をもとに戻すためには、酸素をいかに心臓に供給するかが問われます。

AHAの「ハンズオンリーCPR」も、「(1)病院外 (2)成人傷病者 (3)突然の心停止 のすべてにあてはまるときにバイスタンダーが行う」ことを条件としており、どんな場合でも有効な手法でないことは発表当初から明確にしているのですが、「胸骨のみでよい!」ばかりが流布してしまいました。 (金沢大学の研究発表もあわせてご覧ください) 『救急車到着に時間を要する地区では、 人工呼吸を組み合わせて行う心肺蘇生の自発的実施が格段に優れた救命効果をもたらす!』

https://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/37806


何のための「人工呼吸省略可」なのか


ヒロインが気絶し、男性主人公が「人工呼吸をしないと…(ドキドキ)」といった光景がマンガなどでしばしば描かれるように、口対口人工呼吸を行うには相当な抵抗があります。 「あんなこと私にはムリ!」と、バイスタンダーが心肺蘇生の実施自体を拒むことを少しでも減らしたい…という観点から、「一般市民は人工呼吸を省略してもいいので、せめて胸を押すだけでもやってください」という施策が生まれたわけです。 写真のようなフェイスシールドを使ったところで、見ず知らずの人の口に自身の口を密着させる行為に変わりはありませんし、破れやすいので感染防止効果はイマイチ。一般市民にこのような人工呼吸を強要するのは、何とも酷な話です。 家族に対して行う心肺蘇生以外、口対口人工呼吸の実効性は無いといってよいでしょう。 しかし、善意で救助を一般市民以外の立場、例えばプール監視員や保育士、学校教職員など、職務上の責任で傷病者対応を行う立場の非医療従事者はどうでしょうか。 一般市民と同じ感覚で「人工呼吸省略OK!」とはいえない部分が多々あるのです。

日本なら「救急蘇生法の指針」の内容を把握しよう!

消防の救命講習など、日本版救急蘇生ガイドラインベースの蘇生教育はこの指針に則って行われるのですが、人工呼吸を省略してもよい条件のほかに、次のような記述があるのはご存知でしょうか。(同指針の「市民用・解説編」をご覧ください)

●ライフセーバーなどの熟練救助者や心停止に遭遇する可能性が高い市民には、医療従事者と同様に人工呼吸を含む心肺蘇生を実施してもらうのが理想的です。また、子どもに接する機会の多い職種(保育士、幼稚園・学校教諭)や養育者(親など世話をする人たち)についても、胸骨圧迫とともにできるだけ人工呼吸を含む心肺蘇生を習得することが望まれます。〔P2〕 ●子どもは呼吸が原因で心停止となることが多いので、胸骨圧迫にあわせて人工呼吸も行うことがより効果的と考えられる。したがって、子どもに接する機会の多い職種(保育士、幼稚園・小・中学校教諭)や養育者(親など世話をする人たち)については、人工呼吸を含めた心肺蘇生を習得することが望まれる。〔P5〕 ●窒息や溺水による心停止、子どもの心停止や救急隊が到着するまでに時間がかかる場合などでは、胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせた心肺蘇生を行うことが強く望まれます。〔P35〕 ●乳児の場合は、少なくとも胸骨圧迫を行うことが前提ですが、呼吸が悪くなったことが原因で心停止に至ることがとくに多いため、できる限り人工呼吸もあわせた心肺蘇生を行うことが望ましいと考えられます。〔P48〕 ●生理学的には心肺蘇生は胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせるのが理想〔P58〕 ●人工呼吸の効果が期待される心停止傷病者もいるので、心肺蘇生の講習で胸骨圧迫に加えて人工呼吸の技術を習得することは意義がある。とくに窒息や溺水による心停止、子どもの心停止や救急隊が到着するまでに時間がかかる場合などでは人工呼吸が強く望まれるので、このような状況に遭遇する機会のある受講者に人工呼吸を教える意義は大きい。〔P59〕 ●窒息や溺れた場合などでは低酸素が原因で心停止が起こっている。このような場合には肺から酸素を送り込むことが重要なので、人工呼吸の必要性が高い。子どもの心停止は低酸素が原因であることが成人に比べ多いため人工呼吸の必要性が高く、その場合は人工呼吸を加えないと転帰がよくないことが示されている。〔P59〕 日本における救命講習指導のバイブルといえる「救急蘇生法の指針」にも、これだけ人工呼吸の重要性が謳われているのもかかわらず、指導者がそれを把握せず「人工呼吸は省略してもいいんです!」と繰り返す。 救命率向上のために行っている講習で、受講者の特性をかんがみずそのような言葉を安易に発する。救命率低下を引き起こしていると言っても過言ではないでしょう。 前回の記事で、ガイドライン不適合の心肺蘇生(人工呼吸を省略した)が小児心停止傷病者死亡の要因になったとして、当該クリニックに6000万円以上の賠償金支払いが命じられたケースを取り上げました。

判例

適切な心肺蘇生を行わなかった過失を認めた事例

平成28年12月26日判決言渡

平成25年(ワ)第1219号 損害賠償請求事件

http://www5b.biglobe.ne.jp/~j-sakano/sosei1.html

(リンク先:坂野法律事務所・医療過誤事例報告) このケースは医療従事者に関するものではありますが、先述の指針が非医療従事者についても「心停止に遭遇する可能性が高い市民には、医療従事者と同様に人工呼吸を含む心肺蘇生を実施してもらうのが理想的」と謳っていることを考えると、保育士などの心停止対応の適否に関する訴訟で同様の争いが発生する可能性はゼロではありません。

立場や活動領域をかんがみた蘇生教育を!

受講者の受講者の活動領域や、そこで生じやすい心停止のメカニズムをかんがえず、運動スキルとしての心肺蘇生しか指導しないと、様々な問題が発生します。 救命講習の目的は、受講者に正しい心肺蘇生などを習得させ、もって救命率を向上させることが目的なのですから、現実に即した手技や考え方を展開することが必要です。


講習の講習の指導側として、現実に即した講習設計を考えるワークショップ。

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人工呼吸が欠かせない立場である保育士に必要な救命法を学ぶことができる講習です。 心停止になることを予防する観点も踏まえた保育士向けの安全セミナーを名古屋でも開催します。 詳細はこちら(主催者である「保育安全のかたち」のサイトです) https://child-care.ne.jp/2019/12/15/nagoyaseminar.html

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