例えば、魚料理が美味しいと評判の店を訪れたとき、出てくる料理が魚以外のものばかりで一向に魚料理が出てこなかったら、きっと苛立ちや不満を感じるでしょう。
市民に対する蘇生教育の一環としてイベント会場などで展開する、心肺蘇生やAEDを短時間で練習できるブース(以下、「体験ブース」といいます)でも、これと同じことは頻繁に起きているかもしれません。
学習の意欲(モチベーション)を維持できなければ、最大効率で学びは起きないのです…。
AEDに触れたいのに始まる声出し練習
善意で救助を行う市民救助者の育成を推進するためには、体験ブースは大きな意義があります。多くの方にとって、事前予約をしたうえで消防署などに出向き、90分や180分の救命講習会を受講することは、なかなかハードルが高いもの。
買い物やレジャーに出かけた先で救命処置を気軽に学べる場は、「救命入門」にふさわしいといえるでしょう。
体験ブースを訪れる人の動機はさまざまですが、最初に話を伺うと
「駅とかでAEDはよく見かけるけど、実際に練習したことはないので…」
「テレビでAEDの話題を見たので、どんなものか知りたい」
などと、AEDについて知りたい欲求を少なからず持っていた中で、体験ブースを見かけたので足を止めたという方は、AEDの一般普及が始まって約20年経つ今でも決して少なくありません。
しかし、AEDに触れることができるんだという期待を持って時間を割いたのに、いざ練習が始まると、
「肩を叩きながら「大丈夫ですか!」と呼び掛けてください」
「大きな声で周りに助けを求めてください」
といった練習が始まる。しかも衆人環視の中で声を出すことを求められる練習が立て続け…。「あれ、AEDの練習ができるんじゃないの?!」という疑問が少なからず生まれるとともに、人によっては恥ずかしさも生まれてしまうもの。
期待が大きいほど、ここでの学習意欲低下は大きいものかもしれません。
アルゴリズムトレーニングがすべてではない
心肺蘇生の”流れ”を考えれば、安全確認や反応の確認から始めるのは真っ当なことではありますが、体験ブースに訪れた人が10分程度の練習で到達できるゴールといえば、
人が倒れたときに救助しようと思い、何か行動することができる
成人に対する胸骨圧迫が1分程度継続できる
実事案においては、119番の口頭指導を受けながら心肺蘇生を実施できる
といった程度であり、胸骨圧迫やAED使用のタスクトレーニング(個々の手技の練習)ができれば十分なもの。タスクトレーニングができてこそ成立するアルゴリズムトレーニング(流れに沿った練習)を最初からわざわざ行う必要もありませんし、まずは相手の「知りたい!」という欲求に寄り添うことが最重要ではないでしょうか。
AEDがどんなものか知りたいという欲求や意欲を持った人であれば、最初にAEDに触れさせてみればOK。知りたい欲求を満たすことができた満足感は、次の段階の学習意欲に繋がります。
最初にAEDを操作してもらい、簡単に使えると実体験してもらう。 そのうえでAEDは心臓のけいれんを取り除くのが役目で、血流をつくる胸骨圧迫との組み合わせが必要であることを説明する。 ↓↓↓ 胸骨圧迫を練習する。説明と練習をすると2分はかかるので、その間に2回目の心電図解析が始まる 。 ⇒ショック不要のメッセージを聞かせ、その意味も解説。(電気ショックは必ず行うものではないことを強調できる) ↓↓↓ 倒れた人の胸をいきなり押すわけでもないので、倒れた人が心停止かどうかの判断方法を説明する。死戦期呼吸については特に強調。
このように手順をさかのぼる展開でも、体験ブースでの練習は成立しますし、むしろ興味があることを最初に学んで満足を得たところで、さらに知っておくべきことが現れるので、最後まで興味をもって練習に取り組んで頂ける効果が得られるでしょう。
学習者のニーズに応じて、指導法は変化させるべきです。
体験ブースは「個別性」を大事に
訪れた人の興味がどこにあるのか。アイスブレイクも兼ねてここを聞き出すのことが、体験ブースでの指導成功に欠かせません。
まずは時間を割いてくださったことに感謝するとともに、「心肺蘇生やAEDに興味がおありなんですか?」などと質問をすれば、体験ブースを訪れた動機が人によって違うことがわかります。
(1) 置いてあるAEDは見たことあるけど、触ったことはないから…
AEDに興味がある方ならば、先述のようにAEDの練習から始め、その後胸骨圧迫の重要性などに繋げていくことができます。
(2) 前に職場の防災訓練で練習したことあるけど、忘れちゃって…
細かな説明はせず、「では倒れた人を見つけたらまず何をするんでしたっけ?」と状況を開始し、忘れている部分や修正箇所があれば指導することで、反復練習に繋がります。
(3) 子どもに何かあったときに備えたくて…
もちろん胸骨圧迫などの練習は提供しますが、子どもの心停止はAEDでは救えないことが多く、人工呼吸が欠かせない面を強調し、より長時間の講習受講に繋げることが必要です。
指導者と学習者がマンツーマンで練習できる体験ブースを画一的に運営するのは実にもったいないこと。ではまず肩を叩いて…と練習を始めるのではなく、「知りたいこと・解決したいことは何か?」をまず把握することが必要です。
体験ブース運営ができてこそ一人前の指導者かも
学習動機や習熟度、背景などが全くわからない方の学習ニーズを一瞬で把握し、最大効率で学びが起きる最適解を10分程度で提供するのが体験ブースの神髄。長時間のコース開催の方が難しいように思われがちですが、体験ブースを効果的に運営する方が高いスキルが必要であると感じます。
さまざまなニーズに対応できるよう相応の資機材も用意していますし、救命法を学ぶ義務がない方々がせっかく学ぶ意欲を起こしてくださったそのタイミングを逃さぬよう、運営スタッフの言動などにも注意を払っています。
▼学習意欲を下げる運営者の言動の例 (1) ブース前で足を止めた人に気づいていない スタッフ同士で談笑している、携帯電話を見ているetc… 優しく声をかけられるだけで一歩を踏み出せる方はたくさんいらっしゃいます。 (2) 不快な言動 後ろ手を組んで立っている、タメ口、清潔感がないetc… 体験ブースはお店と同じ。運営者はその店員としての行動を。 (3) 指導者が喋りすぎ 胸骨圧迫などは体を動かしてこそ習得できるスキル。「教える」だけではダメ。特に時間が限られた中であるのに、自分が知っていること伝えたいという「知識の押し売り」になっていませんか? (4) 強引な勧誘 「あちらでいっしょにやってみよう!」と、子どもの手を引っ張ってブースまで連れていったり、相手が嫌がっているのに「大切なことですから」と付きまとうetc…
他方で、いまや大学生までもが生まれながらにして街中にAEDがある世代。15~20年くらい前に比べると、子どもたちの心肺蘇生やAEDに対する興味は格段に大きいと体験ブースを運営していると感じます。
子どもたちが「やりたい!」と言って体験ブースを訪れてくれたときに、「子どもには5cmも胸を押せないから」などと指導者があしらってしまうようでは、将来の社会の救命率を下げにいっているようなもの。
到達目標をどこに設定するか。どんなアプローチで学習意欲を増進させるか。
そして何より、その子たちを守る親をどう巻き込んでいくか。
このあたりはまた別の機会に述べていきたいと思っています。
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