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  • 執筆者の写真ブレイブハートNAGOYA

0032 「市民」が行う心肺蘇生でも責任を問われることがある?! - 救助者の立場とその責任を考える -

肺蘇生などの一次救命処置(BLS)を提供する救助者を表す言葉として「市民」といった場合、どんな人をイメージしますか?

おそらく多くの方が「医師や看護師、救急隊員のように、人を助ける仕事ではない立場」を思い浮かべるのではないでしょうか。

そして、「市民が行う心肺蘇生は、結果が悪いものとなっても刑事・民事ともに責任を問われない」などと救命講習で説明されたことを思い出す方もいるかもしれません。


我が国の救急蘇生ガイドラインや、ガイドラインを踏まえた実務指針たる「救急蘇生法の指針」は、「医療従事者用」と「市民用」の2つが発行されていますが、救助者の立場がこの2つだけだと思っていると、自身や受講者をトラブルに巻き込むばかりか、救命率を下げることにも繋がってしまいます。

 

「市民」はさらに細分化されている=責任度合いが異なる


市民版の救急蘇生法の指針を読み解くと、ひとくちに「市民」といっても、少なくとも5つに細分化されていることがわかりますが、特に「善意で救助を行うか」「業務の一環として救助を行うか」で取り扱いが大きく変わることは注意が必要です。



同指針の「Ⅶ 救命処置における倫理と法律」の「2 救命処置と法律」においては、次の記述があります。


わが国においては民法第698条の「緊急事務管理」の規定により、悪意または重大な過失がない限り善意の救助者が傷病者などから損害賠償責任を問われることはないと考えられています。また、刑法第37条の「緊急避難」の規定では、害が生じても、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しないとされています。善意に基づいて、救命処置を実施した場合には、民事上、刑事上の責任を問われることはないと考えられています。 救急蘇生法の指針2020(市民用) P54 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000948548.pdf

救助に伴う責任を問われないとされているのは、あくまで「善意に基づき救助を行った場合」と限定されていることを、どれだけの救命法指導者が正しく解説しているでしょうか?


公の場所でたまたま傷病者に遭遇したときに、善意に基づき救助を行った人は、119番通報など何かひとつでも行動してくれただけで感謝される存在。救助の義務は無いのですから、そこに法的責任を問うようでは誰も善意の救助を行ってくれなくなってしまいます。


これに対し、業務の一環として救助を行う立場の人は、「職責」があるわけですから、無責任の存在ではありません。例えば、業務として子どもを預かり、安全に過ごせる環境を提供する職責を有する保育士や学校教職員が、預かっている子どもの心停止の際に心肺蘇生を行わずにただ救急車を待つだけであった場合や、誤った救命処置を提供した場合には、その責任が問われることが現にありますし、最終的に刑事罰や賠償命令等に至らなかった場合でも、裁判に長い時間と苦労を要することとなります。


多くの判例は、救助者個々に対してではなく、保育所や学校といった組織に対し、その管理体制(教育状況やAEDの設置状況、通報連絡体制の整備状況など)の不備に係る賠償命令などに至ったものですが、業務上の救助に伴う責任が問われたことには変わりがありません。

 

「バイスタンダー」か「レスポンダー」か


バイスタンダー(bystander)は、傷病者が発生した現場に居合わせた人に対して使われる言葉ですが、もともとは傍観者や見物人を指す言葉。救命分野では「たまたま居合わせた人」という意味を含むといってもよいかもしれません。


これに対し、「市民」に分類されながらも、業務の一環として救助を行うことが求められる立場の場合は、「居合わせた人」ではなく「対応に向かう人」なのですから、バイスタンダーとは明確に切り分けて考えるべきといえます。

蘇生ガイドラインや救急蘇生法の指針でこの立場を端的に表す語句は用いられてはいませんが、ブレイブハートNAGOYAでは「レスポンダー」という語句を使用し、「バイスタンダー」とは明確に区別して講習等を展開しています。


レスポンダーは、医療従事者水準とはいかないものの、一般市民(バイスタンダー)以上の対応スキルが要求され、社会的に期待される水準に達していない対応についてはその責任が問われることもあります。

例えば、2016年に埼玉県の幼稚園で発生した4歳男児の飲食物による窒息事案では、傷病者の反応が無くなったにも関わらず背部叩打を続け、救急隊が到着するまで心肺蘇生を始めなかったことが重篤な後遺症に繋がったと認められ、園側に550万円の支払いが命じられるに至りました。


男児が心肺停止、昼食中にウインナー誤嚥…後遺症 幼稚園に賠償命令 必死で吐かせる教諭ら心肺蘇生せず(2023年3月24日・埼玉新聞)https://www.saitama-np.co.jp/articles/19345/postDetail

市民による気道異物除去の手順として、傷病者の反応が無くなった場合には心肺蘇生を開始する(=傷病者を仰向けにして「胸部突き上げ法」を行う)ことが救急蘇生法の指針で定められており、この手順に不適合の対応を業務中に行ったため園側の安全配慮義務違反が問われたのであり、レストランで窒息した人の隣席にたまたま居合わせた第三者が同様の対応を行ったとしても、その責任が問われることはないでしょう。



参考:ファーストレスポンダー

もともとは職務上で救急の措置が求められる消防職員や警察官、海上保安官、自衛官などの公安職を指していましたが、国際的大規模スポーツ行事の開催などを踏まえ、日本救護救急学会では医療資格を有していない非医療従事者(自衛隊員、警察官、海上保安官、介護士、社会福祉士、ケアマネージャー、病院職員、学校教職員(養護教諭を含む)、保育士、駅員、警備員、ライフセーバー、登山ガイド、スポーツインストラクター、スキーパトロール、消防団など)をファーストレスポンダーとして新たに定義し、心肺蘇生やファーストエイドのトレーニングを提供しています。

 

すべての立場に「愛と勇気」を論じてしまう指導者たち


バイスタンダーは「救助を行っても責任を問われない」のに対し、レスポンダーは「適切な救助を行わないことの責任が問われる」立場。

市民向け救命講習では受講者のモチベーション向上のために「愛と勇気」がよく謳われますが、レスポンダーは「できないことが許されない」「できるように備える(スキル、資機材、体制etc…)べき」なのですから、レスポンダー職種が対象の救命法講習で「愛と勇気」を論じている救命法指導者は自身の認識を見直すべきでしょう。


レスポンダーに対する救命法講習は、決して「普及啓発」ではありません。

「職業訓練」なのですから、相応の研修設計と指導者のスキルなどが必要です。

 

教育設計から見直す必要があるが…


日本国内で最もポピュラーな救命法講習といえば消防機関が開催する救命講習ですが、もともと地域住民に対する応急手当の「普及啓発」として設計しているものであるため、レスポンダー層に最適な教材設計や目標設定、指導者のスキルにはなっていないといえます。


非医療従事者によるAED使用の違法性を阻却するために創設された普通救命講習IIがレスポンダー向け救命講習の意を含んでいるとも考えられますが、教材が普通救命講習Iと同じものを使用しているばかりか、指導者がバイスタンダーとレスポンダーの区別をできていない状態が散見され、レスポンダーに対し「愛と勇気で手を差し伸べて」「責任は問われない」などと謳ってしまっています。


他方で、米国では労働安全衛生局OSHAにより労働者向けの心肺蘇生やファーストエイド教育等に関する基準が制定施行されていることから、AHAやMFAなどの講習プログラムも


●高度な訓練を積んで傷病者の対応を行う専門職向け

●職場で発生した傷病者に対応する非医療職向け(OSHA基準準拠)

●家族や親しい人の不測の事態に備える人向け


の3階層で構成されています。


このうち、職場で発生した傷病者に対応する非医療職向けの講習として、AHAが展開しているのが「Heartsaver®」シリーズ。心肺蘇生やファーストエイドだけでなく、血液感染対策に関する講習もあり、レスポンダーにとして必要なスキルを習得することができるプログラムであり、教材の冒頭で「ファーストエイドや心肺蘇生の実施が職務規定に記載されている場合、勤務中には救助を行わなければならない」という旨が明記されています。

日本発祥のレスポンダー向け蘇生教育プログラムがほぼ存在しなかったため、ブレイブハートNAGOYAでは「ハートセイバーCPR AEDコース」を定期公募開催し、主に警備や介護、保育といった立場の方々に多数受講頂いていましたが、ガイドライン2020教材になって情勢が一変。


●日本語版テキストの紙媒体が廃止され、電子版のみに

●日本語映像教材はあるが、ナレーションの吹替え品質が劣悪


と、正直使いものにならない状態となってしまいました。


日本では希少なレスポンダー向けトレーニングを成し得るAHAプログラムが実質的に無くなってしまったことは実に残念なことですが、AHA等の団体認定資格が必要というものでないのならば、オリジナル講習を設計して運用したほうが教育としての効果は高いため、企業等からの依頼に基づく講習の場合はブレイブハートNAGOYAオリジナルの講習を展開していることに変わりはありません。


とはいえ、バイスタンダーとレスポンダーと明確に区別して教育を行おうとする組織はまだまだ少ないもの。説明をしても多くの場合は「消防の無料講習レベルで十分」という判断をされてしまうため、蘇生ガイドラインや救急蘇生法の指針でレスポンダー的立場の明確化が成されることを望んでいます。


本来、バイスタンダー以上の傷病者対応を提供すべきレスポンダー層が、多くの場合、バイスタンダー並みのスキルで終わっている。

我が国の救命率を今以上に向上させるためには、バイスタンダー層に対してあれこれ求めるよりも、レスポンダー層の立場と責任の明確化、教育プログラムの整備、それらに伴う処遇の改善などを図る方が有効なのかもしれません。

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