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0012 バイスタンダーの心的負担・PTSD

最終更新: 5月9日

「心肺蘇生など傷病者の対応を行う際は、救助者が負傷してはならない。  無理して救助を行ってはならない。」


一般市民向けの救命講習でも取り上げる、救助の原則です。

このようなことは防がなければならない。

救命法の指導者その他関係者皆がそう思っていることでしょう。

では、救助にあたった人が見えない傷を負い、見えない血を流している。

そこに目を向けている人はいったいどれだけいるのでしょうか

蘇生ガイドラインが改訂されるたびに、心肺蘇生法の手技の品質向上や、心停止の予防などの分野は様々な対策がとられるようになりましたし、市民による心肺蘇生実施率は年々増加。それだけ助かる人も増えました。

しかし、人を助けることの影で、助けた側の人が心身に大きな不調を来たし、ときに正常な生活が損なわれているという事実が取り上げられることは、実に少ないものです。

傷病者が社会復帰したケースでも救助者には相当な心的負担

「あなたがここで学んだ心肺蘇生技術を現場で使うか否かは、あなた次第」

「あなたは救助を行うか否かを選択できる」

米国発の蘇生教育プログラムでは、このような説明がなされます。

日本の救命講習ではまず言われることがない理論でしょう。

日本の一般市民(職務上の救護義務がない、善意で救助を行う立場の人)向け救命講習は、「困っている人を助けることは人として当たり前」「人間愛に基づく行動は美しい」といった論調で内容が構成され、少ない練習時間等の割に手技の完璧さを要求され、いざ傷病者に遭遇した場合には対応することが責務であるかのような空気が漂うことも少なくありません。

突然心停止となった人に一般市民が遭遇することは、一生のうちに一度あるかないかの事態であり、その人にとっては極限状態の非日常といえます。

そんな中、「なんとか助けなきゃ!」という想いで救助を行った後、その人がどうなるか。 参考文献

バイスタンダーが一次救命処置を実施した際のストレスに関する検討(PDF)

https://t.co/h2WSZTX3ZB?amp=1

傷病者が社会復帰したケースのみで調査をしても、約7割のバイスタンダーが何らかのストレス反応を示し、中には日常生活に支障を及ぼす程度の心身の不調を訴えた人もいます。

救助者が大きな心的負担を感じるのは、凄惨な現場を見たときや、傷病者が亡くなったときというイメージを多くの人は持っているのでしょうが、実際には傷病者が助かったケースでもこれだけの救助者が不調を訴えるのです。

傷病者が亡くなったケースでは、「自分の心肺蘇生のやり方が悪かったのではないか」「倒れたのをもっと早く見つけていれば助かったのかも」といった、自身の行動への後悔等も混ざり、さらに大きなストレス反応を示すことでしょう。

業務対応者であってもいつなるかわからない

ブレイブハートNAGOYAの講習では、救助者の心的負担とその対応を必ず取り上げるようにしています。先述の文献等でそのような事象があることは以前から認識していましたが、何より筆者自身がそれを体験したことが大きな要因です。

業務(現場に向かい、救助を行う立場)として傷病者対応を行った際にはそのような負担を感じたことはそれまで無かったものの、立場や状況が変わり、条件が整えば、いとも簡単に心的負担を感じることとなり、そこで適切な措置をとらなければ心身に不調を来すことをあるとき実感しました。

事案の詳細は伏せますが、心肺蘇生の実施そのものではなく、周囲の者の言動や不理解、現場の空間数メートル以外で日常が進んでいく違和感等が絡み合い、何とも言えない感情に苛まれました。

普段救急の最前線で活躍する救急救命士がプライベートで傷病者対応を行った際、今までにない心的負担を感じたといったケースもあるほか、病院で勤務する看護師であっても条件が整えば心的負担を感じることとなります。

救助から逃れられない業務対応者の場合、自身の考えや想いを整理し、共有などすることで心的負担が軽減すべく、対応後にデブリーフィング(振り返り)を行うことができますが、一般市民の場合はそのような場がなく、ひとりで抱え込んでしまうことも少なくありません。

たとえ周りの人に話したとしても、同じ体験をした人がいないがために理解を得られなかったり、「よくそんなことできたね」「私にはそんなことできないわ」といった言葉を言われたりすることで、かえって負担が増すケースもあります。

バイスタンダーとしての活動がPTSDにまで発展する例も

バイスタンダーとして救助を行った結果、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)を患い、その後、普通の生活を送ることができなくなってしまうケースもあります。

平成20年の秋葉原通り魔事件に偶然出くわし、そこで被害者の救助を行った後にPTSDを発症した方の克明な手記が、Jレスキュー99号(2019年5月号)に掲載されています。 このような方も現実にいることは、医療関係者や救命法の指導者は認識しておきたいものです。

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「あのような事件は特殊なケースだから…」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、近年、一般市民に対するターニケット(軍用止血帯)教育も行われるようになってきました。

一般市民向けターニケット教育が行われることとなった大きな目的は「爆弾テロ等発生時の迅速な救護」であり、このような現場であれば、体の一部が離断した傷病者や多量の出血がある傷病者が多数いることは間違いないでしょう。

バイスタンダーの安全確保やケアについては触れず、秋葉原の事件と類似した現場での救護を市民に行わせようとしている動きがある現在。本当にこれでよいのでしょうか。

「愛と勇気」で片付けられない現実に目を向けよ

このようなことを論じると、「バイスタンダーCPRの着手率が減り、救命率が下がったらどうするんだ!」という声も上がりますが、マイナス面を見て見ぬふりをして蘇生教育を続けることが適正な教育とは思えません。

たとえ傷病者が助かったとしても、それによって見えない傷を負った人の存在を無視することはいかがなものでしょうか?

救助者の心的負担も、救助者を襲う「危険」のひとつ。「危険を排除したうえで救助を行うように」と受講者に教授しているはずなのに、心的負担については無視するのでしょうか?

※こちらもお読みください※

ブレイブハートNAGOYAブログ

0006 「愛と勇気」を唱えれば傷病者は救えるのか? https://www.qq-bh758.com/post/_0006

心原性心停止で倒れ、その瞬間を市民が目撃し、市民による心肺蘇生が実施されたという、いわば最も救命の可能性が高いケースであっても、8割の傷病者は助からないのが現実。

一般市民向け救命講習では、「心肺蘇生をすれば必ず助かる!」という誤解を与えかねない教材や解説等も少なくないように感じます。

受講者が「これをやれば助かるんだ!」といいう想いで帰宅し、その後遭遇した事案で心肺蘇生を行ったが傷病者が助からなかったとなれば、期待と現実のギャップで心的負担はさらに大きくなることでしょう。

8割は助からないという具体的解説までする必要はないでしょうが、

・傷病者が助からないケースも少なくない

・バイスタンダーが心的負担を受けることも多い

・しかし心停止の場合、バイスタンダーの行動がなければ救命率は下がるのみ

・自身で「ここまでならできる」と思う範囲を考え、行動してほしい

・迅速な119番通報をするだけでも立派な救助

という展開がもっと必要ではないかと考えますし、教材の充実も今後望まれるところです。

AHAの「ハートセイバーCPR AEDコース」(G2015版)の映像では、バイスタンダーが自分の行いが正しかったのか不安になり、救急隊員にそれを尋ねるシーンやその解説も取り入れられるようになりましたが、心的負担の軽減をしっかり取り扱う教材はまだまだ普及していませんので、今後の改善が期待されます。

「助かる人を増やしたい!」という熱意を持つ救命法指導者や、普段から傷病者対応を行う消防職員、人の生死に数多く触れる医療従事者ほど、一般市民の感情との隔たりが大きいということを忘れてはなりません。指導側や対応側の考える常識は、一般市民の非常識でしかありません。

バイスタンダーが救助を行ったことでどのような負担を感じるか、それによってどんな悪影響が起きているのか、どうすればそれを解消できるのかにもっと目を向け、教育内容の改善を行うことが必要ですし、行政機関等による公的なフォロー体制の充実も望まれます。

近年やっと、バイスタンダーに対し救急隊員が謝辞を記載したカードを渡すなどの取り組みが普及してきましたが、フォロー体制はまだまだです。

バイスタンダーの中には、「自分は消防から感謝状を貰えなかった。だからあの人は助からなかったんだ…」と認識し、そこで大きな心的負担を受ける方もいらっしゃいます。

一般市民が見ず知らずの傷病者に対し心肺蘇生を行ってくれただけで、それは社会的に称賛されることではないでしょうか。傷病者が助かった場合のみならず、すべてのケースでバイスタンダーの行動を公的に称えるシステムが構築されることが、バイスタンダーの心的負担の軽減にも繋がることでしょう。

心肺蘇生の手技そのものは、この20年でかなり洗練されたといえます。

次は、手技そのものだけでなく、それを取り巻く様々な面を整備するときです。

悲しい思いをする人を減らすための行いによって、別の悲しい思いをする人が誕生してしまう。そんな悲劇を少しでも減らしたいものです。

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