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  • 執筆者の写真ブレイブハートNAGOYA

0006 「愛と勇気」を唱えれば傷病者は救えるのか?

総務省消防庁が発表する「救急救助の現況」の令和元年版がこの度発表されました。 ここでは、全国の消防機関が平成30年中(膨大なデータを集計するので、毎回1年前のデータが掲載されます)に取り扱った事案の件数や処置の件数などが掲載されています。 救命講習でよく発表される「119番通報を受けてから救急車が現場に到着するまでの時間」もここに掲載されており、平成30年中は8.7分(前年比+0.1分)となりました。 この資料には、市民が行った心肺蘇生の状況も記載されています。 その中から、心原性心停止(急性心筋梗塞など、心臓が原因の心停止)で倒れた瞬間を周りの市民が目撃したケースにおける心肺蘇生や除細動(AEDを使用した電気ショック)の状況、それらに対する生存率や社会復帰率を抜粋しました。

平成30 年中に全国の消防機関が実施した応急手当講習の受講者数は199 万3,211 人(前年比+3%)であり、講習受講者の増加とともに、現場に居合わせた市民(バイスタンダー)による心肺蘇生実施やAED使用の割合も増加しています。 しかしながら、救命率の可能性が高い心原性心停止症例でも約4割・1万人への心肺蘇生は実施されていなかったのであり、まだまだたくさんの「救えたはずの命」が存在するといえます。 バイスタンダーCPR実施に伴う障壁や課題

Twitterにはしばしば、街中で心肺蘇生を実施した方のツイートが投稿されます。 以下は、先日投稿されたとある方の体験談を要約したものです。

・生身の人間で初めて心肺蘇生をした。 ・高齢の男性が突然倒れ、先に傷病者に接触していた人がAEDの2つ目のパッドを貼るところだった。パッドのシールを剥がさずに貼ろうとしてた。

・野次馬が多くて、AEDから発する音声が全然聞こえない。 ・心電図解析するから離れてくださいとAEDが言ってるのに「心臓マッサージが必要なんじゃ!?」「息はしている!」とか野次馬は好き勝手発言し、離れない。 ・電気ショック実行後、AEDの指示に従って胸骨圧迫を開始した。圧迫する度に傷病者はウッ、ウッと言っている。それを見てまた野次馬は「あ〜意識は戻った」「大丈夫だ大丈夫」「30回で交代した方がいいんじゃないの?」などと言う。 ・死戦期呼吸を初めて見たが、あれを野次馬に「息はしてる大丈夫」だの言われたら、一般の人はAEDや胸骨圧迫をやめてしまうなと思った。 このような体験談を読むと、現場で何が手当の障壁となるのか、どこで迷うのかなどが読み取れ、仰向けで清潔なマネキン、助けを呼べばすぐ協力者が現れる、傷病者は必ず心停止、邪魔は入らない…といった恵まれた環境でのトレーニングだけでは不十分ということがわかります。 また、救護に着手するまでにも様々な障壁が存在します。 本年は「AEDを女性に使用して訴えられるリスク」「女性にAEDを使用する際の配慮」といった分野の話題がよく登場しましたが、このような「救助をすると何か不利益を被るかもしれない」という恐怖も、バイスタンダーCPRを阻害する要因のひとつでしょう。 「救助者の身の安全」とは何なのか 市民向け救命講習でも、「傷病者に接触する前に安全を確認する」「安全が確保できない場合は無理に救助を行わない」といったことを指導者が教授します。 では、この「安全」とはいったい何のことを指しているのでしょうか? 多くの指導者は「交通事故などの二次災害」や「血液に触れたことによる感染」を挙げるでしょうが、先述の「訴えられるかもしれない」というリスクもこの「安全」に関わるひとつの分野であると考えます。 救助を行ったことにより、善意で救助を行った市民救助者が訴えられたケースはないといわれてはいますが、市民救助者が訴訟リスクに対する恐怖を感じて躊躇しているのであれば、指導者としてそれを解決する取り組みが必要といえるでしょう。 注:医療従事者や職務上対応義務がある非医療従事者(教職員や保育士、警備、介護等)については、過去のブログ記事でも取り上げたように、不十分な対応は法的問題に直結します。善意の市民救助者とはまた別の取り組みが必要です。 他方で、救助を行った人が、大きな心的負担により心身に不調をきたすケースも近年やっとクローズアップされるようになりました。バイスタンダーとして救助にあたった人がPTSDとなり、普通の生活を送ることができなくなった例も少なくないのです。 救助者の心的負担は、条件さえ整ってしまえば誰にでも起こり得るもの。普段救急の最前線で活躍する救急救命士がプライベートで傷病者対応を行った際、今までにない心的負担を感じたといったケースもあるのです。 医療の専門家ではない一般市民であれば、人が突然倒れるという非日常に突然引きずり込まれ、他人の胸を何度も押し、周りの人から心ない言葉が浴びせられるといった経験をすれば、大きな負担を感じることは必至でしょう。 救助者自身の"安全"を確保するために考えるべき"危険"には、少なくとも次の3種類があり、これらを解決することがバイスタンダーCPR実施率を向上させる方策のひとつとなるでしょう。 1.交通事故や血液感染の危険  ⇒写真を見て危険を判断するトレーニングや、感染防止手袋使用のトレーニング等

2.訴訟問題  ⇒刑事・民事ともに、法解釈などを解説する等 3.心的負担  ⇒完全な解消はできないが、軽減する方策は伝えられる そもそも「手を差し伸べて」を強要すべきなのか? 医療従事者や職務上対応義務がある非医療従事者の場合、業務のうえでの救助であれば、それを拒むことはできず、救助をしないことは法的問題へと発展します。 そのため、「適切に対応できるための備え」が必要となります。 では善意で救助を行う市民は? 何の法的義務もありません。救助をしなかったところで何の責任もありません。 逆に、何の義務もない善意の市民救助者が救助に着手するということは、上記のようなリスクしかないともいえます。 もちろん、バイスタンダーCPRが行われなければ、たくさんの「救えない命」が発生することは承知していますが、ひとりを救うために他の人を危険に晒すという現実に目を向ける必要があると考えます。 「安全が確保できない場合は無理に救助を行わない」 この意味を指導者層はもっと深く考え、講習のあり方を吟味すべきでしょう。 救助者を襲う危険やその後のケアも何も考えていないのに、「勇気を出して手を差し伸べて!」と繰り返すのは、何とも無責任な話です。 傷病者を救い、バイスタンダーも救う。その方策を我々はもっと考えなければなりません。 「勇気」はどうやったら出るのか 皆さんは初めて体験することに、躊躇せず踏み込めますか? それを行うことに危険や不安があるのに、他人が「勇気を出して!」と言っただけで、一歩踏み出すことはできますか?


言葉だけで不安が解消されることは稀でしょう。 それを行うにあたり必要なスキルは自分にはあるのか? 行った結果、失敗しないか? 失敗したときに何らかの不利益を被ることはないか? 周りはそれを評価してくれるか? さまざまな要因が絡み合い、「不安」を形成しており、それらを解消しない限り「勇気」も出ないのではないでしょうか。それは心肺蘇生においても同じです。 資料:心肺蘇生講習受講者はいざという時に心肺蘇生を実施するか? 資料:心肺蘇生時の恐怖心を軽減させるためのインストラクターの課題 心肺蘇生を含む人命救助は、「人間愛」や「博愛精神」で語れられがちですが、それだけで現場で安全かつ効果的な活動を行うことはできません。 最終的には人間愛がなければ動けない部分も確かにありますが、愛や勇気といった「理念」だけではなく、具体的な「戦略」「戦術」がなければ事は進みません。 傷病者を発見したら自分は何をしたらいいのか。 何をどのように判断したらいいのか。 蘇生術の具体的なスキルが自分にあるのか。

周りの周りのサポート体制はあるのか。

法的な問題はないのか。

自分が不利益を被ることはないのか。 マネキンでは体験できない事態に遭遇したらどうすべきか。 これらの課題に対し、講習の場などで具体的な戦術等を示し、不安を軽減しておくことが、いざというときの「勇気」に繋がるのではないでしょうか。 現場を見据えた講習の設計を 冒頭のバイスタンダーCPR体験談のように、現場には様々な障害が存在し、それが救助者の行動を阻害することとなります。 先述のように、都合の良いシナリオでのトレーニングだけでは不十分なのです。 「理解した」と「できる」には大きな差があります。

そして、「講習でできる」と「現場でできる」にはさらに大きな差があります。 救命法講習の指導者には、この差をいかに埋めることができるかが問われ、この差を埋めた講習を受けた受講者は現場での勇気を発し、効果的な救助を実施することに繋がります。 やることに意義がある講習ではなく、受講者が現場で効果的な救助を行い、それにより傷病者の生存率や社会復帰率が向上するという「成果が出る」講習の設計や展開がなされることが必要です。

「勇気を出して」と言うだけでは勇気は出ない! 救助者を阻害する要因は何なのか。 救助現場の現実を考慮した「現実主義」の講習のあり方を皆で考えませんか? 日本版ガイドラインの新版が発表される2020年。 ブレイブハートNAGOYA2020年最初の公開講習がこの「救命法指導員スキルアップセミナー」です。 申込みはこちらから 地元名古屋のほか、新幹線や飛行機での移動が必要な地域からも多数お申込みを頂いています。 2020年に行う救命講習を、これまでよりも一歩先のものとするために。 皆様のご参加をお待ちしております。

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