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0036 バイスタンダーの心的ストレスにどう対応するか -救う側も救われる社会のために-

執筆者の写真: ブレイブハートNAGOYAブレイブハートNAGOYA

更新日:1月31日

年間数万人もが突然心停止となって亡くなる現状を改善すべく、全国各地で日々心肺蘇生法講習が開催され、多くの人が受講しています。

心肺蘇生法を学んだ人は「これで誰かが倒れても安心だ」といった想いを持ち、修了証を手にしたことでしょう。


しかし、心停止の中でも最も救命率が高い、市民により倒れた瞬間が目撃された心原性心停止(心臓に原因がある心停止)でも救命率は10%程度。

市民が遭遇する心停止は助からないケースの方が多いのが現実であり、「こうしていれば助かったかもしれない」といった葛藤や後悔等を抱く人も少なくありません。


目撃のある心原性心停止傷病者と生存率等(令和4年=2022年中)
目撃のある心原性心停止傷病者と生存率等(令和4年=2022年中)

助かったとしても、顔が土気色で正常ではない外見の人間の胸を5cmも押し続ける行為は、相当な心的ストレスを生じるものであり、それが家族や親しい人であればなおさら。

しかし、傷病者の救護を行ったバイスタンダーの心的ストレスやそのケアについてはこれまであまりフォーカスされてきませんでした。


ブレイブハートNAGOYAでは2019年の創設時(代表インストラクター個人でいえばそれ以前)から「救助者の心的ストレスとケア」について、開催する講習内などで資料配布と解説を続けてきました。それは代表インストラクター自身もかつてこの状況に陥ったからです。



【注】ここでいう「バイスタンダー」とは、善意や人間愛等に基づき傷病者の救護を行った者をいいます。非医療職であっても職務上の責任に基づき傷病者の救護を行う立場(教職員、保育士、警備員、介護職、交通機関職員、スポーツ指導者など)はブレイブハートNAGOYAでは「レスポンダー」と定義し、「バイスタンダー」とは切り分けて論じています。


 

とあるバイスタンダーのストーリー


 

何気ない日常の中で、何の予告もなく”非日常”が始まった。

目の前で倒れている人は、ぐったりして見るからにおかしな顔色をしている。

呼びかけても動かないし、いびきのようなおかしな息をしている。

そうだ、これは救命講習で習った心停止なんだ…。


電話ごしに119番の消防官が指示してくれることをするのに必死。人間の胸をこんなに強く押しても本当にいいんだろうか。

周りからは「え、あの人大丈夫?」「やばいんじゃない」「助かるのかな」といった声もするし、スマホをこちらに向けている人もいる。

講習みたいに助けを呼んだら誰かがすぐ手伝ってくれるなんてないんだ。


私が手を止めたらこの人は助からないんだ。

数分前に初めて会った人だけど、きっとこの人にも家族がいるんだろう。

たまたまここを通っただけの私には重すぎる責任だ。

でも自分の手の中でひとつの命が失われるなんて嫌だ。


救急隊が来るまでは10分くらいだったらしい。

いつもは10分なんてあっという間にすぎてしまうのに、助けを待つ10分はこんなにも長いのか。私はあのとき助ける人だった。でも助けを待つ人でもあった。


救急隊員と心肺蘇生を交代し、安心感と疲れがどっと押し寄せた。

そして体が震えた。必死だったから気付かなかったけど、私は怖かったんだ。

救急隊員からひと言お礼を言われ、お礼の言葉が書かれたカードを渡されたけれど、一刻を争う現場で救急隊員は倒れている人の対応が最優先。

それはあたりまえのことだとわかっているけど、脇に追いやられ、取り残されたような気持ちにもなった。


少しして警察官も来た。いろいろ聞かれた。

なんでこんな尋問みたいな聞き方をされるんだろう。

私はたまたま通りがかっただけ。

たいへんな状態の人がいたから、助けようとしただけ。

私は素通りした方がよかっのかなとも思ったけど、それはそれで後悔するはず。


この気持ちは何て表現したらいいんだろう。

後の予定はキャンセルして、その日は帰宅することにした。

あれでよかったのかな。もっとできることがあったんじゃないかな。

講習でいろいろ習ったこと、全然できなかった。

あの人が死んでしまったら、講習のとおりできなかった私のせいかもしれない。


数日たってもその気持ちは消えなかった。

あの人は助かったんだろうか。

救急隊員にもらったカードを見ると「不安なことがあったらご連絡ください」と書いてあるけど、平日の8時半から17時が受付時間らしい。

その時間に電話はできないし、消防署に電話をするのもなんだか勇気がいる。


ちょうど会った友人にそのことを話してみた。

「救急隊に任せておけばよかったのに」

「助ける義務なんてないのに」

「あなたは医者とか看護師じゃないでしょう」

と言われた。

たしかにそうなのかもしれないけれど、あの人を目の前にして、放置することなんて私にはできなかった。


何か月かして、心肺蘇生をした人が表彰されているニュースを見た。

心停止になった人は後遺症もなく、もとの生活に戻ることができたらしい。

そうか、私が心肺蘇生をしたあの人は助からなかったんだ。

だから私には何の連絡もないんだ。

表彰されたい、誰かに褒められたいから心肺蘇生をしたわけじゃないけれど、何の連絡もないということはそういうことなんだ。


私がもっとしっかり動けていたら、あの人は助かったのかな。

こんな思いになるなら、素通りした方がよかったのかもしれない…。


 

これはバイスタンダーとなった複数の人たちの経験談等をまとめたストーリーです。

救助の現場は救命講習のようにスムーズに事が進むものではなく、そして多くのストレスをバイスタンダーに与えます。


命を救うことが日常であったり、命を救うことが当然のことであったりする医療従事者や消防職員、救命法指導者等には想像できない・理解できない心境かもしれませんが、これが一般市民・バイスタンダーの感情です。


学生時代に駅で心停止傷病者に遭遇した経験などをふまえ、現在は水辺の安全策や救命法の指導等にあたり、2024年9月からバイスタンダーサポート事業にも乗り出した、すがわらえみさん(NPO法人AQUAkids safety project 代表)の体験談も是非ご覧ください。



 

米国の蘇生教育における指導等


諸外国では1990年代には救命処置実施の際に生ずるストレス反応などの精神的影響に関する調査研究が実施されており、アメリカ心臓協会AHAの蘇生教育関連教材でもガイドライン2000時代には既に当該分野の記載がなされていました。


アメリカ労働安全衛生局OSHAの基準に基づき労働者向けCPR AED教育として策定されているHeartsaver®シリーズの中でも歴代一ともいわれる2005年版教材のテキスト『ハートセイバーAEDワークブック AHAガイドライン2005準拠』には、次のような記載があります。


…(略)…傷病者が助からないことはある。単に寿命で心臓が停止する人もいる。救助者にとっての成功は、心停止傷病者の生死のみで評価されるわけではない。自分が蘇生法を試みたという事実も成功と評価するに値する。とにかく行動を起こして努力する。そうすればその対応は成功と言えるであろう。(P77 「ハートセイバーAED救助者として自らの手技に誇りを持つ」)
心停止は周囲の人間にとってストレスに満ちた出来事であり、心停止傷病者が友人や愛する場合にはなおさらである。また緊急時には出血、嘔吐、失禁といった不快な事態が伴うこともある。いかなる緊急事態も感情的なストレスを引き起こしうる。…(略)…傷病者が救助者の知り合いであったり、蘇生の試みに失敗したりすると、とくにこのような感情的反応が強くなる。このストレスがさまざまな感情的反応や身体症状をもたらし、その後も長期にわたって続くことがある。こうした反応は、ごく正常なものである。(P77 「救助者および目撃者における救命努力後のストレス反応」)

同書では上記内容に引き続き「救助者、家族、および目撃者におけるストレスの予防法および軽減法」(P78)を掲げ、


  • 救助努力後のストレス軽減に最も効果的な方法は、同じ出来事を目撃したほかの人たちと集まって話すことであり、救命努力中に心に浮かんだこと、そのときどう感じたか、今どう感じているかを話し、自分自身を受け入れる。そうすることでほとんどの反応は数日内におさまる。

  • 協力し合ったほかの救助者、救急医療従事者、友人、聖職者と考えや感情を共有することがストレス反応の予防と軽減に役立つ。

  • 職場では緊急事態におけるストレスマネジメント(Critical Incident Stress Management:CISM)と呼ばれる報告会をリーダーが開催することがあり、そこでの秘密は守られる。

  • CISMの参加者は話す義務はないが、発言すれば、自分の話したことがほかの人の助けになるかもしれない。

  • アメリカ心臓協会AHAでは、メディカルディレクターおよびAHAインストラクターに対し、コース後必要に応じて救命努力が感情に及ぼす影響に言及することを勧めている。


などと記載しています。


ハートセイバーAEDコース(現在のハートセイバーCPR AEDコース)は2004年に日本で市民向けAED使用が始まった際の教育モデルとなったコースですが、救助者の心的ストレスとケアに関する内容は日本国内の教材では取り上げられず、当該分野の知見がまるで広まらなかったことはとても残念なことです。


AHA-G2005準拠のこのテキスト。なかなかのボリュームでストレス反応について記述しています。
AHA-G2005準拠のこのテキスト。なかなかのボリュームでストレス反応について記述しています。
日本の市民向けAED講習のモデルとなったのがG2000版ハートセイバーAEDコースのテキストにもしっかり記述はあったのですが…
日本の市民向けAED講習のモデルとなったのがG2000版ハートセイバーAEDコースのテキストにもしっかり記述はあったのですが…

 

日本の蘇生ガイドライン等への反映


愛知県小牧市の約3年間の心停止事例のうち、傷病者が社会復帰した事例であっても多くのバイスタンダーが心的ストレスを抱えていたという報告がこちら。傷病者の生死にかかわらず、救護は大きなストレスとなるのです。


一般市民ではなく、職務上の救護義務を有する介護職が調査の対象。一般市民同様、多くのケースで心的ストレスを抱えていたという報告です。


これらを踏まえ、日本版蘇生ガイドラインにも「精神的な影響」という項でバイスタンダーの精神的な有害事象に関する記載がなされるようになりましたが、具体的な取り組みや指導者の認識などはまだまだ足りません。


 

消防機関がバイスタンダーに渡す謝辞カード


バイスタンダーのケアの必要性等を踏まえ、謝辞等を記したカードを現場でバイスタンダーに渡す消防本部も増えてきました。SNSでは「救急隊にこんなカードを貰った」と画像をUPする人も散見されますが、課題は多く存在します。


  • カードを渡されただけで終わった…とバイスタンダーが思ってしまう

  • 相談窓口が平日日中(例:8時30分から17時)に限られ、仕事や学業で平日過ごしているバイスタンダーが連絡できない

  • 連絡方法が消防署や消防本部への電話のみ設定されており、一般市民が連絡しづらい(消防機関に電話をするのは相当な覚悟がいる)

  • なんとか電話をかけてみたものの、最初に電話に出た職員にぞんざいに扱われる

  • 24時間受信可能な手段としてFAX番号が記されているが、多くの一般家庭にFAXは無い

  • 24時間受信可能な手段として担当部署のメールアドレスが記されているが、アドレスが複雑で長く、入力しづらい


ストレートな言い方をすれば「とりあえず窓口を開設しました」といったものが散見され、心身に不調をきたしたバイスタンダーが気軽に利用できる窓口はまだまだ少ないものです。


「仕事や学業の影響がない夜間や休日に連絡したい」

「じっくり考え、内容を取りまとめて連絡したい」


といったニーズを踏まえると、対応窓口は


  1. 電話のみならず、メッセージによる受付や対話を可能とする

  2. 利用の手軽さをかんがみ、専用の受付フォームを第一とする


などの配慮が必要ではないでしょうか。


 

NPO法人などで始まったバイスタンダーサポート


このような実情を踏まえ、2024年9月にいくつかの取組みが国内で始動しました。

各取り組みの利用者はとても少ないかもしれませんが、バイスタンダーをケアする窓口が国内に存在すること、いざというときにアクセスできるという安心感に大きな意義があるかと思います。「利用者が少ないから廃止」といった事態にならないことを強く願います。

NPO法人AQUAkids safety projectのバイスタンダーサポートサイトPRカードと、ちば救命・AED普及研究会(千葉PUSH)制作のリーフレット『救助を手伝ってくれたあなたへ』

❶バイスタンダーサポートサイト(NPO法人AQUAkids safety project)


先述のすがわらえみさんが代表を務めるAQUAkids safety projectによる取り組みです。

オンラインミーティングアプリ(ZOOM)を使用し、全国どこからでも60分無料で相談ができます。




❷啓発資料と動画の制作・公開(NPO法人ちば救命・AED普及研究会)


現役救命医を代表とし市民向け救命法の普及にあたるNPO法人ちば救命・AED普及研究会(千葉PUSH)による取り組みです。






❸バイスタンダーサポート外来(千葉市立海浜病院 救急科)


千葉市立海浜病院救急科が千葉市消防局と連携し、バイスタンダーとなった方の心のケアを行う「バイスタンダーサポート外来」を開設。現在は千葉市消防局にある相談窓口に相談があった方からのみ受診予約を受け付けています。



 

救命法指導者の責任


現実には助からないケースの方が多いこと、そして救助者に心的ストレスが生じることを論じると、「バイスタンダーCPRの着手率が減り、救命率が下がったらどうするんだ!」という声が医療従事者や救命法指導者等から少なからず上がりますが、マイナス面を見て見ぬふりをして蘇生教育を続けることが適正な教育とは思えません。

たとえ傷病者が助かったとしても、それによって見えない傷を負った人の存在を無視することはいかがなものでしょうか。


救助者の心的負担も、救助者を襲う「危険」のひとつ。

「危険を排除したうえで救助を行うように」と受講者に教授しているはずなのに、心的な危険は無視するのでしょうか?


傷病者を見つけたら即介入というものではなく、バイスタンダー(善意で救助を行う市民)が傷病者に触れての救助を行うまでには、いくつかの判断分岐が存在します。

そもそもバイスタンダーは救護の義務がない存在。なにかひとつでも手を出してくれたら大感謝…という存在のはずです。



義務がないのに救助を行ってくださったバイスタンダーがもしその事案がもとで心的不調を来したら、そのケアはいったい誰がするのでしょうか?

救助の義務がない人々に「できる限りの救助を提供してほしい」と頼んでいる救命法指導者の皆さん。皆さんの講習を受講した方がもし心的不調に状況に陥ったとき、そのケアまで提供する覚悟で講習を運営・提供していますか?


ブレイブハートNAGOYAでは創設当時からCPR関連講習の最後に心的ストレスについて記載した資料を配布して解説を行うとともに、もし不調を来した際にはいつでも連絡いただけるように連絡先を当該資料に記載しています。


 

そもそも病院外領域の心停止は…


「バイスタンダーCPRの着手率が減り、救命率が下がったらどうするんだ!」と仰る医療従事者や救命法指導者等は、もうひとつ大事なことを見逃しています。

それは【病院外心停止の約7割は住宅で起きている】ということ。


総務省消防庁が発表した『令和5年版 救急救助の現況』によれば、令和4年(2022年)中に全国で救急搬送された心停止傷病者142,728人のうち、66.8%にあたる95,379人は住宅で心停止となっています。

これは、医療職種やレスポンダー職種として働いている人を除けば、市民が最も遭遇する可能性が高い心停止傷病者は住宅で発生した傷病者、すなわち自身の配偶者や我が子、その他家族などの親しい人であるといえます。


家族等が目の前で突然の心停止に陥ったとき、そのバイスタンダーは本気で救いたいと思ってCPRに着手するはず。でも現実でいえば、多くの場合は救うことができない。


この場面に出くわしたバイスタンダーは何を思うでしょうか。


「私がうまくできていれば助かったかも…」

「もっとできたことがあるかもしれない…」


不都合だと事実を隠した果てに生じたこのような方々をどうケアするのでしょうか?

守るべき人がいる!と救命講習を受講してくださった方であれば、指導者が「マイナス」と感じる現実を伝えたとしても、その守るべき人を救うべく行動するでしょう。


「マイナス」を隠しておく方が不利益が大きいはずですし、どうやっても後悔が生まれるという現実を認識し、少しでも早く「私は精一杯やったんだ」と気持ちを切り替えることができる方がご本人にとっても良いことでしょう。


でも会社の命令等でしぶしぶ受講している人もいる!と思う救命法指導者もいらっしゃるかもしれませんが、その方が“救護義務を有する立場”であるかによって道は変わります。

救護義務を有する立場(介護や警備など)であればマイナス面を踏まえてでも救助に着手しなければならない立場ですし、そうではないなら「本人にできること」をしてもらえばよいだけです。


 

いいかげん「愛と勇気」から脱しよう…


我が国の蘇生教育がかつて参考とした米国の教材から「救助者の心的ストレスとケア」というマイナス面が削除されたように、我が国の蘇生教育は不都合と感じた事実をひた隠し、「人間愛」や「博愛精神」ばかりを押し出してきました。


市民による救助は、最終的には人間愛などがなければ動けない部分も確かにありますが、愛や勇気といった感情論だけではなく、具体的に行動を変えるための「戦略」「戦術」がなければ事は進みません。



救命法指導者はとかく「愛と勇気」という言葉で物事を片付けがちです。

では皆さんは初めて体験することに、躊躇せず踏み込めますか?

それを行うことに危険や不安があるのに、他人が「勇気を出して!」と言っただけで、一歩踏み出すことはできますか?

その言葉だけで不安が解消されることは稀でしょう。


それを行うにあたり必要なスキルは自分にはあるのか?

行った結果、失敗しないか?

失敗したときに何らかの不利益を被ることはないか?

周りはそれを評価してくれるか?


さまざまな要因が絡み合って「不安」を形成しており、それらの要因を解消しない限り「勇気」も出ないもの。それは蘇生分野においても同じです。


この世は何か行おうとすれば、良い面と同じ又はそれ以上に悪い面も生じます。

その両面と、自身を取り巻く環境や想いを踏まえて、どう行動するかを決める。


私たちは救急蘇生という分野において、その道を学び、いざというときその道を進もうとする方々に、正しい判断材料と対応方法を提供したいものです。


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