「フィードバック」は、人材分野やビジネス分野をはじめ様々な領域で使われる、幅広い意味を持つ言葉、そして手法です。
蘇生教育分野においても、応急手当普及員講習やAHA-BLSインストラクターなど、指導者養成プログラムではほぼ間違いなく指導技法としての「フィードバック」を取り上げることでしょう。
アメリカ心臓協会AHAが2018年に発表した教育提言の中にある「生存のための方程式」においても、教育の質向上のための要素のひとつとして「フィードバック」を掲げていますが、この「フィードバック」の方法や意義、使い道を誤っている救命法指導者も少なくありません。
エアコンの温度制御でみる「フィードバック」
フィードバックの意味と方法などを考えるにあたっては、エアコンの温度制御がわかりやすいでしょう。ここではフィードバック制御という電気工学技術が使われています。
使用者が設定温度を20℃にしたが、現在の室温が15℃という場合、5℃分温度を上げるうごきがエアコンに求められます。エアコンの温度センサで捉えた温度が設定温度よりも低いのであれば、制御器は温風をまだ出すよう指示を出していきます。
やがて室温が20℃になったことを温度センサが捉えると、制御器は温風を出すことをやめる、または室温が維持できる程度に温風を弱める指示を出し、室温を20℃に保とうとします。
このように、目標値と現状の差を捉え、その差を小さくするような指示を出し、必要なうごきを行わせるのが「フィードバック」です。
「フィードバック」を胸骨圧迫の指導で行うと…
例えば成人に対する胸骨圧迫であれば、約5cm押す(米国では少なくとも5cm)ことが蘇生ガイドラインや救急蘇生法の指針で決められているため、指導者は、受講者がマネキンの胸を都度5cm押せるよう指導を行います。
ここで受講者が胸を3cmしか押せていなかったら、どんな指示が必要でしょうか?
ただ見ているだけでは、受講者は目標値との差2cmを埋めることはできません。
本来より力が弱いのですから、指導者は受講者に「もっと強く押しましょう」と指示を出す必要があります。
その指示を受け、受講者は自身の体を制御して力を強めますが、いまの押し方や強さが正しいのか受講者自身にはわかりませんから、目標値との差が0になった、すなわち「正しくできている」のであれば、指導者は「正しくできている=現状維持」の信号を制御対象である受講者に出す必要があります。
エアコンの温度制御と行うべきことは同じなのです。
フィードバックの連続「すいか割り」
夏の浜辺でのアクティビティ「すいか割り」は、不適切なフィードバックを行っても成功しないものです。
すいかを割る実施者の向きが、客観的に見て左に90度ずれているとしましょう。
指示を出す人が「そっちじゃない!」と言っても、どちらを向けばいいのかがわからないので、差は埋まりません。
「右に90度まわって!」と言ったところで、目隠しをしている実施者は方向感覚がないのでうまく動けませんし、いきなり90度回転するのはアクションが大きいため、止まったときのすいかとの向きのずれも大きいかもしれません。
「右にゆっくりまわって…右…右…右…ストップ!」というような指示を出さないことには、最短時間で目標との差を0にするのは難しいのです。
また、実施者が動作している際に指示を出さず、実施者が空振りしてから「あと少し右を向いていたら割れたのに」と言ったところで、過去には戻れません。
すいかをしっかり割らせたいのならば、必要なのは次の3点です。
❶ 対象者が動作している間に
❷ できていないことではなく、すべきことを伝える
❸ 少しずつ指示を出して目標との差を埋める
ゲームとしては割れなかったという失敗も楽しみのひとつですが、救命法講習は「できるようになるため」に受講者が来ていることを忘れてはなりません。
「指摘」や「後出し」では意味がない
いかがでしょうか、ご自身が「フィードバック」と思っていた指導は、本来意図でのフィードバックになっているでしょうか?
「圧迫が弱いです」というのはフィードバック手法を用いた指導にはなっておらず、単なる指摘でしかありません。指導とは相手にとるべき行動を伝えるものです。
これには、行動を変化させること(例:もっと強く押す)と、行動を維持すること(例:そのままの強さでよい)の2つが含まれています。
また、とるべき行動を伝えているとしても、練習が終わった後にそれを述べたところで、受講者の技能は向上しません。技能向上に必要なのは、受講者の動作間のフィードバックです。
応急手当普及員講習などでは、動作間の修正指示を出す練習をさせず、練習が終わったときに「講評」のように話をすることをフィードバックと称していることもあるようですが、受講者からしてみれば、「今さら言われても…」です。
AEDの練習に「フィードバック」は適さない
文献等によって定義等は異なりますが、人間のスキルは少なくとも3つの領域に分けて考える必要があります。
例えば胸骨圧迫は、体を動かす「運動スキル」の領域。
見ているだけでは習得できず、「5cm押す」という知識としての基準値を、自らの体で実行できるよう、繰り返し実技練習を行っていくものです。
ではAEDの操作に必要なスキルとは…?
AEDは「電源を入れたらAEDの指示(音声、絵、文字など)に従って操作する」ものであり、AEDが発する指示を受け止め、その意味をふまえて自身の行動を変えていくという「態度スキル」の錬成が欠かせません。
例えば、AEDが「オレンジに光るボタンを押してください」と指示を出した際に、受講者が迷っているのを見かけた指導者が、「このボタンを押してください」と、ボタンを指さして指導するようでは、受講者は指導者に従って動いたに過ぎません。
ここで錬成すべきは、AEDの指示をしっかり聞き、何をすればよいか判断すること。指導者として促すならば「AEDの指示をよく聞いてください」でしょう。
フィードバックは直接的に行動を変えるための指導技法なのであって、受講者の思考(なぜそう行動したのか?)にアクションするためには、フィードバックとは別の「デブリーフィング」という手法が必要です。
フィードバックとデブリーフィングを理解し、効果的に使い分ける。
救命法指導者としてのベーシックスキルともいえるでしょう。
デブリーフィングについては、また別の機会に説明していきます。
KKD(勘・経験・度胸)に頼った指導から脱却しよう
冒頭で紹介した「生存のための方程式」とそれを掲載した教育提言が強く訴えたいことは、
【さまざまな救命法講習が行われている割に社会の救命率が向上しないのは、教育の質・指導者の質が悪いから】
というもの。その中で、教育の質を向上させるための手段として、教授システム学(インストラクショナルデザイン)の活用を掲げています。
プロの調理師のノウハウを凝縮したレシピを活用すれば、一般の人でも簡単に美味しい料理を作ることができるように、実は「教える」ことにもレシピがあります。
「人は自ら学ぶもの」という原則を踏まえ、学びが起きる環境をつくり、効果的な研修とするのが、教え方のレシピたる「インストラクショナルデザイン」のねらい。
KKD(勘・経験・度胸)ばかりに頼らない体系立てた救命講習を設計し運営することは、学習者・指導者双方にメリットを生み、講習をより魅力的なものとします。
ブレイブハートNAGOYAでは、全国で悩む救命法指導者をサポートすべく、これまでさまざまな研修プログラムを公募開催してきましたが、その一環として来月12月13日(金)から15日には香川県(さぬき市/小豆島)で『救命法指導員 BOOT CAMP』を開催します。
今回で4回目となるこの企画は、過去に延べ113名に受講いただいており、その職種も看護師、医師、消防職員、消防団員、自衛官、養護教諭、教員、介護福祉士、警備員など実にさまざま。
インストラクショナルデザインを活用した救命法講習の設計などを考える『救命法指導員スキルアップセミナー』は、12月13日(金)にさぬき市会場で開催です。
公募型での受講受付ですので、四国・西日本エリアにお住まい・勤務の方をはじめ、日本各地でこの分野の悩みや課題を持つ方に受講いただければ幸いです。
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