0039 『救護義務がある市民救助者』の理解が社会の救命率を上げる鍵
- ブレイブハートNAGOYA

- 7月19日
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ブレイブハートNAGOYAではかねてから、救急蘇生ガイドラインの「市民」カテゴリをさらに
救護義務がある者(レスポンダー):教職員、保育、介護、警備、スポーツ指導者など
救護義務がない者(バイスタンダー):善意に基づき救護を行う選択をした人
に分け、研修の設計等を明確に切り分けてきました。
これは蘇生ガイドラインや救急蘇生法の指針で明記されている区分ではありませんが、それらを読み解くとともに、法令、裁判例、社会通念などをかんがみると、このような区分に行き着くものです。 救護に伴う責任を刑事・民事ともに問われないのは、あくまで善意に基づき救護を行った人ということは、救急蘇生法の指針に明記されているのですが、世の市民向け救命講習の大半は「勇気を出して」「ひとつでもできることを」という、救護義務がない善意の救助者向けのアプローチで全てが語られてしまう状況が続いてきました。
「救護を行った結果起きたこと」の責任ではなく、要求を満たすような救護が「できなかった」「やらなかった」「できるようにしておかなかった」の責任が問われる最たる立場が教職員や保育関係職。過去、訴訟の当事者となった当該職種の方々も、もしかしたら講習で「責任は問われません」と教えられていたかもしれません…。
蘇生ガイドライン2025では「市民」を細分化する記述が
先日7月13日にリリースされたJRC(日本版)蘇生ガイドライン2025では、このような分類が記載されました。

第9章『普及・教育のための方策』(EIT)のうち、「特定集団向けに調整されたCPR教育は有効か?」というセクションの中で取り上げられたものではありますが、救護を行う義務の有無について記載がなされたのは、大きな進歩ではないでしょうか。
この記載はJRCガイドライン独自のものではなく、国際蘇生連絡委員会ILCORの勧告(CoSTR)によるもの。「応答義務がある市民」になぜ教職員や保育職、介護職などが含まれていないのだという意見もあるようですが、JRC-G2025の記載はILCORの勧告を踏襲しているに過ぎません。
Duty to respond: Laypersons (non-healthcare professionals) that do have a duty to respond. This includes any type of professional first responders (e.g., lawenforcement, firefighters), lifeguards, flight crews, and any other people that would have a duty to attend victims of an emergency. Basic Life Support training for specific layperson populations: EIT6108 TF ScR
医療資格はないが地域や組織における保安要員たる職種の代表例を挙げるとともに、最後に「その他緊急事態において被災者の対応を行う義務を負う者」と掲げています。JRC-G2025も職種については「例」として掲げているに過ぎず、文中にある職種に限定しているものではないでしょう。
このあたりの詳細は、蘇生ガイドラインよりも救急蘇生法の指針で細かく定義づけていくものかもしれません。
❚ 「医療資格を持たない、退職後またはトレーニング中でもない成人」について
JRCガイドライン内には細かな説明はありませんが、CoSTRをみると明確。
要は…医学生や看護学生、救急救命士養成課程の学生で、医療者レベルの訓練を受けている者は「医療従事者」として取り扱う…という話です。
❚ JRCガイドラインで「警察官」と表記している部分
CoSTRでは「警察官」ではなく「law enforcement」(法執行官)と記載しています。いわゆるLEと分類される職種ですが、日本と海外の認識の差が激しい部分です。
日本の街中にいる法執行官といえば都道府県警察の警察官ですが、例えば米国では市や州の警察官のほか、州や群の保安官(シェリフ)、ハイウェイパトロールなど実にさまざま。大学に警察組織が編成されていることなどもあり、これらの法執行官はいずれも救護の責任を負い、必要な訓練を受けています。海外の法執行機関が公開しているボディカメラ映像をみると、銃外傷などに遭遇する可能性が高い文化圏である分、救護スキルは日本の警察官より格段に高いと感じます。
救命に携わる日本の法執行官として忘れてならないのが海上保安官。海の警察組織であり、海難救助ではプロレベルの救護を提供する立場です。
海上保安官でも、特殊救難隊等に所属する救急救命士は蘇生ガイドライン上の医療従事者カテゴリですし、対して救急員資格(=消防の救急隊員相当)を有する潜水士や機動救難士は、蘇生ガイドライン上では市民カテゴリ。使用する装備や行う処置のレベルが異なります。
❚ スマートフォンアプリの警報で駆け付けた人
JRCガイドラインには記載がないものの、応答義務のない市民のひとつとしてCoSTRでは掲げています。
例えばシンガポールでは『myResponder』というアプリを用いて、心停止傷病者発生時に周囲のボランティアに救護への参画を呼び掛け、救命率向上に大きな成果を上げています。たとえ業務中のタクシードライバーがこのシステムの呼びかけによって救護に参画したとしても、それは職務上の義務に基づく救護ではないというわけです。
救護の義務は職種ではなく「関係性」などで判断する
就業中の保育士の場合、業務として預かっている子どもたちに対する救護は、救護義務に基づくもの。自分たちが職務上守るべき資産として定義づけている対象だからです。
しかし、近隣住民が自宅で発生した心停止傷病者にAED使用をすべく、保育園にAEDを借りに来たという場合の救護協力や、保育園に納品に来た業者が突然心停止になった場合に行った救護は、善意の救護として取扱うものでしょう。
契約先施設で警備業務を行っている警備員が、施設の外周部公道上で倒れた人を発見した際に救護を行ったケースも、善意に基づく救護です。
このような救護義務を有する職種の人であっても、通勤中やプライベートでたまたま遭遇した傷病者に対し救護を行うかは選択できますし、義務や責任はありません。
他方で、職場の就業規則や作業標準などで、職種を問わずすべての従業員に救護義務を課している事業所(機械メーカーなど)も存在します。保育等の分野に比べれば救護の要求レベルは低いかもしれませんが、職種だけみれば「救護義務がない者」として救命講習の設計等を行ってしまいがちなので注意が必要です。
救護の実施を法で定められた市民もいる

職務上の責任ではなく、法令上の義務で救護を行う義務がある市民も存在することを忘れてはなりません。「勇気を出して、できることをひとつでも…」というアプローチは厳禁です。
❚ 事故を起こした運転者
多くの人が忘れがちなことですが、車両等の運転者は誰もが「救護義務のある市民」になる可能性があります。
道路交通法では事故発生時における運転者の救護義務を定めており、それを踏まえて自動車学校の応急救護科目が定められているわけですが、はたして当該科目は目的を果たす設計となっているでしょうか?
3時間で、成人対象のCPRやAED使用、止血法、気道異物除去を取り上げる普通救命講習Ⅰと何ら変わらぬ内容であり、交通外傷向けの内容ではない。
運転者たる自身の過ちにより傷つけてしまった相手を救うための技能訓練(相手が生きるか死ぬかで自身の人生も大きく変わる)なのに、善意の救護と変わらぬ講習展開がされてしまう現実。
弊会も企業の新卒社員向けの救護訓練を毎年担当していますが、自動車学校の救護科目は何のためにあるかを質問すると、「ドライブ先や自宅で起きる家族や友人の緊急事態に…」と答える人がほとんど。研修設計の大きな不良です。
❚ 労働安全衛生法規で救護義務等が定められている職種
労働安全衛生法第25条の2では「建設業その他政令で定める業種に属する事業の仕事で、政令で定めるものを行う事業者」に、事故発生時における作業従事者の救護に関する管理や訓練の義務を定めています。
これに基づき、労働安全衛生規則第24条の3から8までで、救護体制の確立や訓練等の詳細が定められており、同第24条の4第2号では「救急そ生の方法その他の救急処置に関すること」が救護に関する訓練の内容のひとつとして定められています。
また、酸素欠乏症等防止規則第12条では、酸素欠乏危険作業(マンホールでの工事など酸素濃度が18%未満になるおそれがある場所の作業)に係る業務に労働者を就かせるときの特別教育の内容について定め、同条第1項第4号で「事故の場合の退避及び救急そ生の方法」を定めていますが、酸素欠乏危険作業特別教育規程で定める当該科目の最低時間は1時間。想定される事故で最良の救護を提供できるかについて疑問が残るところではあります…。
2025年6月からは労働安全衛生規則が改正施行され、熱中症を生ずるおそれのある作業を行う事業者に対し、同612条の2でその予防や救護体制の確立、従業員等に対する周知を義務付けたことも、指導者としてしっかり把握しておきたいところです。
「バイスタンダー」という言葉はもう古い?!
救命分野でバイスタンダーといえば、プレホスピタル域での傷病者発生に際したまたま現場に居合わせた人の意で用いられ、総務省消防庁が毎年発行する『救急・救助の現況』をはじめ公的文書でも使われています。現場にたまたま居合わせたうえに何らかの救護を提供したという意で用いられていることの方が多いかもしれません。
この「bystander」という言葉、英語のもとの意味は「傍観者」や「見物人」でしかなく、日本語でいえば「野次馬」に近いかもしれません。心理学で『バイスタンダー効果』といえば、緊急事態発生時に周囲に他者が多くいるほど「自分がやらなくても誰かがやるだろう」と判断し、援助行動を起こさなくなる現象をいいます。
このような意味の揺らぎをふまえ、2025年10月にリリースされた米国AHA蘇生ガイドライン2025ではこのような記述がなされました。

「lay rescuer」は日本語にすれば「市民救助者」といったところでしょうか。
言葉の使い方次第で、捉える側の印象も変わります。
日本で「バイスタンダー」という言葉の使用が禁止されるという話ではありませんが、バイスタンダーはあくまで「たまたま居合わせた人」というもの。業務として傷病者発生に備えているような職種(=救護義務がある市民救助者)に用いる言葉ではないでしょう。
「職業訓練」としての救命法講習の価値
救護義務がない人たちに対する救命講習は、ゼロよりも何か1でも行動できることを促す「普及啓発」としてのもの。これに対し、救護義務がある人たちに対する救命講習は、要求水準を踏まえてできるようにすることを目的とした「職業訓練」としてのもの。指導者がここを間違えれば、誰も得しない救命講習ができあがります。
例えば「料理」というジャンルも、プライベートで自身や家族に料理を提供するものから、店を構えて顧客に料理を提供するプロ水準のものまで様々ですが、業務として行う料理の要求水準は衛生管理面等を踏まえて家庭向けのものとはまるで異なるもの。家族向けの料理を上手になろうというコンセプトの料理教室の内容をそのままプロ向けに使うことはできないというのは、誰もが理解できることでしょう。
しかし救命講習という分野は、善意の救護を促すコンセプトのものを、業務として救護を行う職業人向けにも展開していることが非常に多いもの。違いが理解されていないので、ルールも曖昧。教育プログラムもつくられない…という状況が長らく続いています。
善意の救護を促す、すなわち地域社会として救命率を上げようという取り組みは、公益性をかんがみて税金が投入される。だから消防機関の救命講習は無料または教材費実費程度で安価に受講できる。
これに対し業務としての救護は、企業や教育施設等の従業員がビジネス上の責任を果たすべく、職業訓練を行ったうえで、現場で適切な水準で救護を提供するという性格のもの。ビジネスの一環として当該組織が経営資源(人・金・物・情報など)を相応に投入すべきです。
命を扱うものだから金に絡めるなという意見をお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、すべての物事はお金がかかります。「命を扱う」という点でみれば、例えば、火災等の災害から利用者等の命を守るためビルや商業施設等の勤務者に一定条件で受講が義務付けられている『自衛消防業務講習』は1日約2万円の受講料がかかりますし、定期更新も定められています。
救命講習も決してタダではできません。
インストラクターの人件費、マネキン肺などの消耗品交換、教材の準備、資機材の償却、旅費交通費などがかかりますし、受講者のニーズに応じたオリジナルの内容で行う講習であればその教材作成の時間もさらにかかり、そこにも人件費がかかります。
また、講習で使用したマネキンのフェイスや人工呼吸デバイスの洗浄消毒も行うため、そこにも費用が発生します。資機材数によっては1時間以上かかる作業です。

数ある業務のひとつに救命講習開催がある立場の方や、ボランティアベースの救命法指導者にはイメージしづらいかもしれませんが、講習が3時間だから3時間分の人件費だけ徴収すればよいかというとそうではありません。
プロレベルの適正な救命関連トレーニングを日本国内で提供できる人はまだまだ希少であり、それらは業(ビジネス)としてトレーニングを提供している人たちです。
3時間の講習を開催すれば、設営や移動、事前準備や後片付けも必要となり、その日は他の業務を入れることができません。そのため、1日分の人件費(給与分だけではなく社会保険費用等も必要)を請求する必要があるほか、ビジネスを継続するための費用(家賃や通信費、広告費など)、ビジネスをさらに循環させるための利益幅も必要となります。
業務としての救護は当事者が最悪訴訟問題に巻き込まれる場合もあり、トレーニングを提供した指導者が何らかの証言等をしなければならない場合も存在します。そこまでを踏まえた「指導者責任」を適切にとるためには、指導者側もプロとしての行動や体制が必要となります。対価のない仕事に責任は生まれません。
これらを踏まえると、業務としての救護に関するトレーニングを提供するとなれば受講者1人あたり1万円以上が必要となるケースも少なくありませんが、特に保育関係の出張講習の問い合わせをいただくと、
保育施設の勤務者が対象
受講者は50人
時間は最大120分
小児と乳児のCPR、AED使用、窒息解除の実技を全員に
講師料、交通費、資機材費を含めて5万円
といった仕様が多く、費用面から破談となるケースがほとんどです。
「実は予算がこれだけで…」と教えられるケースは良いほうで、見積書提出後に連絡が途絶えるケースがほとんどなのは、何とも悲しいところです。
他方で、工場など、労働安全衛生の観点から救命講習を企画し、依頼をくださる企業は、「自分たちの仲間やその家族、同僚、組織を守るため」という意識が強く、当方から提示する価格にストレートで納得いただける場合が多く、中には「え、この金額でいいんですか?」と言われたケースも。
もともと「安全は経営資源を投入して獲得するもの」「事故で1人亡くなるより、日頃からの取組みをした方が安い」という意識があるか無いかの違いでしょう。これは大企業に限った話ではなく、社員数が数十名の小規模な会社でもこの意識を持っていることは少なくありません。

業務としての救護が訴訟に発展したケースは1つ2つではありませんし、それらの事例の公式報告書を読むと、それまでに受けていたトレーニングの質に疑問が残るケースも少なくありません。
「不幸な事故」で済ますのか。
それとも「防ぎ得た死」と捉え、改善を図るのか。
後者を選ぼうにも、この分野のプロフェッショナルが日本には全然足りません。
単にCPRやファーストエイドの手技を教えられる指導者ではなく、「傷病者の発生」を組織のビジネス上の目的達成を阻害するリスクと捉え、そのリスクのコントロールに必要な取組として、教育訓練や資機材整備、計画策定と実装・改善、連絡体制の確立などを支援できる知見を持った者がこの分野には必要なのです。

義務教育でのCPR教育、街中へのAED設置、119番通報時の口頭指導など、さまざまな施策が功を奏し、これまで多くの人が救われてきたのは事実です。
そこからさらに救命率を上げるためにどうするか。おそらく、内発的動機と利他的精神に訴えかけた善意の市民救助者への啓発は頭打ち状態。劇的な変化は見込めないでしょう。
それに対し、業務としての救護領域は、まだまだ発展可能性が見込めるのではと考えます。これを直接的に明示した統計や研究発表がないためあくまで想像の域ではありますが、
教職員が心停止を見逃した
保育士が適切な窒息解除をできなかった
介護職がすぐにCPRをせず看護師の到着を待っていた
警備員が電話連絡をするのみでCPRなどをしなかった etc…
過去に見聞きしたさまざまな事例を踏まえここからの発展可能性を考えてはいますが、米国のように非医療職の救護訓練(CPR/ファーストエイド/血液感染対策)を全産業に法制化等しない限り、ここはなかなか進んでいかないのでしょう。(注:米国でのこれらの訓練義務は蘇生ガイドラインで定めているのではなく、労働安全衛生法規=OSHA Standardsで定められているものです)
国の制度そのものを変えていくのは難しい話ですが、適切な教育等を受けられる機会が無いのに責任だけを負わされる人たちがたくさんいるのは、無視できない状況です。
「これではまずい!」という思いを抱いた職業人の皆様が適切なトレーニングを受けられるよう、ブレイブハートNAGOYAは今後も公募講習や出張講習の受け入れを進めていきます。




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